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本郷 菊坂の与太郎シリーズ

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  『石垣の履歴書』1 

本郷 『東大下水支流、川』の形跡・・・「菊坂の通り」新道レボート

この空き地は、東大下水支流の追加原稿を書いている際、理容「チャンピョン」と京料理「寿々茂」の間の土地「」が建て替え工事となり、敷地の壁面、掘削時の断面、聞き込み等を記録した物である。H月、で解体が行われ、旧・真光寺側の壁面が顕わになっていた。滅多にお目にかかれないので、許可を貰い撮影と、廃棄物の検索、一部収集を行った。

/晋寺壁面、写真のように明らかに違う年代の普請跡があり、ココには以前、下に降りるための、階段があったのかも知れない、そして業者の方とも意見が一致した。以前燕楽軒下の石垣で黒い石は真光寺の土台に使っていたとの情報があるが、今回は黒い石が見られなかった。それ故ほぼ、真光寺が存在していた頃のままと考えてもいいようだ。

燕楽軒下より、続いている石垣壁面はこの先、通りに平行して旧・「越後屋」裏辺りまであり、その奧・玉川一郎氏の叔父が経営していた仕出しや「小野弁当屋」近くまで存在している。

I瀉脇發隆霑湛事準備の為の堀削で検知石が発見された。写真検知石は、障害になる部分だけ取り除かれ、残りは現状維持となった。掘り出すのに手間が掛かり、崩れ防止の板下より一部が露出していた。検知石の面は一定方向であった、また、掘削による遺物として瓦のかけらが大量に出たという。尚、巴瓦の一部として「万」という字(屋号?)の入った部分を保存した。同番地で紙を扱っていた商家の物かも知れない。尚、聴き取りにより、川越屋近辺までこれらが続き、理容室付近では列となった木の杭が護岸沿いに沢山出土したそうである。近年では東大下水支流が整備され暗渠化されたためその遺稿として見いだすのみであるようだ。これからも工事等に気をつけて記録して行たい。どうか皆さん気がつい事、知っている事等あったら教えて下さい。写真をクリックすると大きくなりますが。さらに細かく見たい方は写真右下にカーソルを移動し少々お待ちください。  

     

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■本郷-菊坂の与太郎シリーズ 関連資料

●「東大下水支流」をたどる 副題 戸田茂睡-『不求(もとめず)の橋』を尋ねて

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●真光寺と『本郷薬師』

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●「炭団坂」は昔、だらしない階段だった 本郷-菊坂の与太郎シリーズ

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●『戸田茂睡と炭団坂』

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●樋口一葉 菊坂旧居跡 菊坂70番地 東大下水支流 菊坂橋 一葉忌110周年発表 法真寺

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